今日はハンド・イン・ハンドのインストラクター養成コースのクラスの日でした。

私はマクロビオティック・クラブ サンタクララを主宰すると同時に、日本語でベイエリアの日本人の親を支援するサポートグループもやっています。
こちらも、一昨年の秋頃から始めて、ほぼ1年半経ちました。
お料理のクラスと親業のクラスを別々に教えているわけですが、私の中では同じことです。
どちらもやっていて、まず自分が楽しいし、成長できるし、支えてもらえる。
ともすれば根無し草になってしまいそうなアメリカ社会で、安心して自分らしくいられるコミュニティなんです。

私は子供の頃から、ここかもしれないどこかに自分が自分らしく生きられる場所があると夢見ていたようです。
その憧れが学生時代は、空想への逃避になったり、理想主義を振り回すことになったり、サブカルチャーへの傾倒であったり、社会運動への参加であったりと、模索し続けたわけですが。
いろんな試行錯誤が、40歳を超えてようやく形になったかなという思いがしています。

ハンド・イン・ハンドのツールを最初に習ったのは、娘の幼稚園のピアレンティング・クラスだったのですが、その時の講師のゲイルが、「私はこれを世界平和への小さな一歩だと思ってやっているのよ」と言うのを聞いた時、久司先生の著書で彼が世界連邦を実現するためにアメリカでマクロビオティックを普及させようと渡米したと読んだ時、とっても腑に落ちるものがあったのです。
それは、暮らしの手帖の花森安治が、戦争を許さない暮しの旗を立てようと書いた、毎日の生活の中にこそ人間関係を暴力で解決しない知恵があり、その知恵を生かした毎日を送ることで人は獣ではなく人間たりえるのだという思想が、ここにあると感じた瞬間でした。

私が今いるこの場所で、ささやかではあるが確固とした意思をもって今日を暮らすことが、明日の平和の礎になるのだという確信が、子供の頃から抱えてきた不安を和らげてくれました。
人はなぜ生まれてくるのだろう。世界はこんなにも暴力で満ち溢れているのに。
人はなぜ生きるのだろう。毎日はこんなにも辛いのに。
死んだように生きるには長すぎるし、何かを成すには短すぎる。
学校へ行って、働いて、結婚して、子供を産んで、年老いて、病んで、死んでいく。
そこに意味なんてあるんだろうか。
そもそも私は何ために存在しているんだろう。
物心ついてからずっと、そのことが分からなくて怖くて不安で、混乱し間違った選択をし、人を傷つけ自分が傷つき、自信がないまま親になり、子供にその不安を伝染させ、緊張した体でなんとか取り繕いながら過ごしてきたんだけど、この1年でなんと楽になったことか。


それでも、時々、たまらなくなるときがある。けど、大丈夫。
不安になったら米を研ぐ。ゴマを擂る。
怖くなったら人の助けを借りて泣く。
そうして私の旗を立てる。誰かがきっと見つけてくれるから。
私も背伸びして誰かの旗を探す。絶対に他の誰かも旗を立ててくれていると知っているから、大丈夫。