私は霊感はありませんし、特定の宗教には帰依していませんが、霊性が人間の本性であり、それを自覚することで人は幸福な人生を送れると考えています。

「運命は変えられる」と福一グループに書きましたが、それは「変えようと思い、変えるために行動した人にのみ」可能です。

3月18日に「福島に祈りを捧げてください」というメールを友人たちに出しました。(英語版はノートにあります。日本語版も載せますね。)
爆発が起こって、福島から人員が退避して、もう人的犠牲を覚悟して作業に当たらなければいけないのに、国は命令できず、東電は人員投入を躊躇していた時期です。
人々の関心は津波の被害と余震に向けられ、福島の危機に気がついていないように見えました。祈りの力で、作業に当たる人々が精一杯の力で働けるようにと願いました。

私は、アキノ氏が暗殺された次の日にマニラに到着し、ダイアナ妃が亡くなった日にロンドンに到着しと、なぜか2度も偶然に国家的葬儀に参列したことがあります。その時の、大勢の人間が心を一つにしてひとつのことを思っている空気は、静かでそして清浄でした。
同じことを9.11の後の全国一斉に行ったキャンドルナイトでも感じました。空気がシンとしてでも暖かく、白いのです。昔の日本の大晦日初詣に感じた空気と似ていました。
人の心が一つのことを願う時に、その思いが互いにつながって、つたわっていくのだなあと。

福島でも同じことが必要だと、メールを書きました。あの時期、多くの人が祈っていたと思います。あの日を境に、犠牲覚悟の人材投入が始まり、炉が安定していったように見えていました。ついこないだまで。でも、実際には最初の日に、全ての決着は付いていたのですね。
その事実を知った時に(いえ無意識の底では既に知っていた事実でしたが認めたくなかっただけ。)、ある種の絶望が氷の塊のように心に宿りました。ゼロからの出発ではなく、マイナスからの出発になるのだと覚悟を決めました。

6月11日行動を終えてから、みなのトーンが変わりましたね。もう政府には何も期待できないから、自分の身は自分で守れと。福島の中手さんが、県との交渉の報告も書かずに、「避難しましょう」と呼びかけたのを読んだ時は、彼らがそれを書かなければいけなかった絶望を思って泣きました。
政府は守ってくれないと分かった時に、たぶん多くの国民は捨てられたと感じ、傷つく(その時がいつ訪れるかは、その人の知る情報によって違うでしょう)。守ってもらえなかった子供は、親になっても自分の子どもを愛せない。いつまでも守ってもらえなかった子供のままで大人になりきれず、子どもをどう愛していいか分からない。
同じように、捨てられたと傷ついた国民は自国の未来を守れないし、愛せない。
同じことが1945年に起こりました。国は傷ついた国民を放り出して、戦争を終えた。あんたらは、勝手にやりなさいよと言われて、戦後の混乱期を弱肉強食で生き抜いてきた国民は、未来の国づくりに興味を持たず、「いいじゃん自分が幸せならば」と原発をたくさん作らせた。
今、ここで心を合わせなかったら、また同じことの繰り返しになる。

福島と共に生きるってのは、汚れた野菜を食べることでも、電力料金や税金を負担することではない。まして、あんたたちがお金欲しさに原発を受け入れたんだろうと責めることでもない。原発の真実に気づかずに居た人を責めることでも、今行動しない人を責めることでもない。
福島と共に生きるとは、見捨てられたと傷ついた人間とつながることだ。励ますことだ。その悲しみを受け止めて、全ての人から見捨てられたわけじゃないと教えてあげることだ。

差別が入れ子になっていると誰かが言っていた。双葉郡を他の福島地域が差別し、福島県を他の都県が差別し、西日本が東日本を差別し、外国が日本を差別すると。
だったら、その逆のルートをたどればいい。外国から日本を癒し、西日本が東日本を支え、関東が福島県を守り、福島県で双葉郡を助ける。誰かを助けることで、自分が癒される。傷が癒えれば、親への国への憎しみ恨み悲しみが薄らぎ、新たな健全な関係が作っていける。前進していける。

たかが放射能じゃないか。それがあっても日本人は全滅しない。
人口は減る。病人は増える。経済は最低だ。それでも死ななかった人間は生きている。生きていくしかないんだよ。どう生きているか?すべてはそこにかかってくる。惨めに生きているか?暴力に支配され、金が全てで、差別と貧困にあえぐ貧しい国に生きる惨めな人生か?それとも、金はないが豊かなコミュニティで人々が不自由さを補い合いながら支え合って生きているか?どっちの未来を選ぶんだ?50年後の未来を生きる子ども達に、どちらを示してあげたいんだ?
怒りに任せて、自分を許せなくて、誰かのせいにして、勇気を出さず、つながろうとする手を引っ込め、奇跡が起こって救われたいと願っているだけで、ましな未来がやってくるか?。原発事故がなくても、人生の課題は一緒なんだよ。

政府が動かないなら、自分達で仕組みを作る。政府の動きを自治体レベルで止めていく。いらない議員は排除する。年よりは若者に決定権を譲る。子どもの意見を聞いてみる。若者は人を信じる。嘘を言うメディアには抗議する。隣の人と、学校で、商店街で、自分の町で、誰かと福島の話をする。真実を伝える話をする。初めて人とつながろうとするには勇気がいる。でも、そのくらいの勇気が持てなくてどうやって生き残るんだ?逃げるものは、逃げならがきちんと足跡をつけて、後から逃げる人間のためにルートを開拓する。残るものは、逃げる者を励まし、連絡を取り続け、周りの逃げたくなった人間を送り出す。遠くのものは残った人間に、新鮮で安全な食料と情報と見捨てていないと言う言葉を送り続ける。政府にはあらゆるレベルで働きかけ続ける。官庁に電話やメールをし、議員に働きかけ、商工会・経済団体を動かし、外国政府や国連組織に訴えかける。
自分の身を守りながらでも、できることはたくさんある。自分の現場で。できることをできるときに、できるかぎり一生懸命やる。休む時は、隣の仲間にバトンタッチ。もう一度歩き出す時は、誰かのバトンを引き継ぐ。最悪の事態が起こっても、最悪の状況はもたらさない。それが人間の知恵。多くの人のコレクティブ・アウエアネスがあれば、支えていける。福島に祈りを。