電力会社は、発電機で電気を作って客に売る。

これは、印刷会社が印刷機を使って客の注文したチラシを印刷したり、パン屋がオーブンでパンを焼いて売るのと同じだ。

印刷会社の社員は、印刷機の使い方は知っていても、印刷機は作らない。パン屋はオーブンを使うけど、オーブンは作らない。
もちろん、特別に素敵なチラシを作りたい印刷会社は、印刷機を作る会社に「こんな仕様にしてほしい」と注文を出したり、時には印刷機を作る工場まで行って打ち合わせをするだろう。簡単な掃除くらいの保守は印刷会社がするだろうが、点検や保守、修理をするのは、印刷機の仕組みを知っていて、壊れたら修理できる印刷機メーカーの人だ。

機械を使う人が、機械の仕組み全てを知っているわけじゃないし、知っている必要もない。それが、普通の世界だ。

電力会社は、発電機を運転するのが仕事だ。発電機の1つに原子力発電機(正式には原子炉プラントと呼ぶが、印刷機と同じように発電機と呼んだほうが分かりやすいだろう)がある。
原理は単純(原子力でお湯を沸かして、水蒸気の力でタービンを回して、電磁石で発電する)だが、大きくて複雑で危険な道具なので、運転上の注意はたくさんあるし、点検保守作業もたくさんある。放射性物質という猛毒を使う機械なので、仕様や手順の全てにお役所の規制もある。

電力会社の社員は、たくさんある規制を覚え、ひとつひとつの点検や保守が規則どおりに行われているかどうかを監督する。
実際の作業は、その作業についての専門知識があるメーカーや施工業者が行う。

こうした作業を担う企業の社員が直接作業をすることもあるし、外部に発注することもある。これが元請けと下請けの関係だ。

例えば、2011年3月24日に高濃度汚染水に足首まで浸かって作業したために作業員を被爆させた関電工は、電気設備工事の専門業者だ。
当日は、タービン建屋の地下に電源ケーブルを敷く作業をするために、関電工社員2名、一次下請けのK電設社員1名、二次下請け会社の社員3名の計6名で3号機のタービン建屋に入っている(この二次下請け会社社員の一人が係争中)。

通常時でも非常時でも電源ケーブルを施設するのは、東京電力の社員ではなく、関電工などの社員の仕事だ。(もっとも、地震当日はすぐに協力会社の社員は福島第一原発から退去し、残った東京電力の社員が車のバッテリーをかき集めて、電源を確保しようと努力したが、数日後には協力会社の社員も戻ってきていた。)

福島第一原発にある原子力発電機は、日立GEニュークリア・エナジーか東芝が作ったものだから、点検や修理は日立GEか東芝が受注する。実際には、系列会社に外注され、その会社が下請けに外注し、またその下請けにと、多重構造になっている。系列会社が社員を直接雇うと人件費がかかるから、下請けに発注するのだ。

だから、東電社員の被爆量が少ないとか、なぜ東電社員は現場作業をしないのかといった批判は、東電という企業への不満を表現したいという気持ちは分かるが、批判としては的を得ていない。パン屋にパン釜を解体修理しろと言っているようなものだ。

では、電力会社の社員は原子力発電機の運転以外に、具体的にどんな仕事をしているのかと言うと、協力会社に発注する作業に伴う書類作成、書類手続き、現場管理、官庁対応などを行っている。
基本的に「事務」の仕事だ。放射能という危険物を扱うための規制は、省令によってものすごく細かく決められている。
発注する作業が全てその決まりに従っているかどうかをチェックするのが社員の仕事だ。そして、作業の詳細はすべて記録されていく。記録の管理も社員の仕事だ。
記録管理はベテラン女子職員の仕事だそうだ。事故後の第一原発で女性社員が働いていた理由だ。
(私は、こうした東電社員の具体的な仕事について、元東電社員の吉川さんから教わった。)

作業計画を立て、その通りに作業が進んでいるかを確認し、報告する。
どの企業、どの組織でも毎日行われていることだ。
現実には、計画通りに行かないことの方が多い。
上手くいっている組織では、常に問題点を把握し計画を見直す。
駄目な組織では、問題が共有されず、計画の遂行だけが命題となる。

原発の保守点検とは、問題点を発見するために行われるのだが、実際に現場で問題点を発見したら、作業は計画通りに進まなくなる。
吉川さんの話では、東電側では安全確保のための作業計画を変更できる体制になっているそうだ。
しかし、現実には外注の多重構造の各段階で、問題は握りつぶされているようだ。
それに目をつぶって
作業が遅れれば利益が減るので、問題を発見してはいけないという保守・点検になる。もしも問題を発見しても、必ず計画内で作業を終了しなければならない。
計画された時間以内で作業が終わらず損が発生したら、責任を取らなければならない。

見せしめ的、暴力的、懲罰的に責任を取らせる組織では、誰もが責任をとることを怖れて、指揮系統の下の人間に、計画の遂行を強要することになる。
石澤さんの話に出てくる「怪我をしても、被曝しても、元請には言うな」と下請け企業が社員を黙らせるのは、報告すれば下請けは元請から仕事を回してもらえなくなるからだ。ハッピーさんの話にも、「政府がやるって発表しちゃったから作業を急いでくれ」「「休め」とは言われるが、工程表はそのまま」という証言がある。

計画と現実の矛盾をリーダーが解決せずに、矛盾したままの計画を現場に渡し、暴力をちらつかせながら、現場で解決しろと命令する。現場の人間が、報酬のない労働を自主的に提供し、自己責任で健康を犠牲にすることを前提にして、つじつまを合わせることになる。
東電や東芝、日立に限らず、日本の企業や組織が罹っている病だ。結果として企業や組織の弱体化を加速している。

福島第一原発の廃炉作業は、誰も経験したことのない仕事だ。もの凄い放射能汚染の現場で、解け落ちた核燃料を冷却し、使用済み燃料を取り出し、放射能の外部への漏出を防ぐことが当面の目標だ。こうれらの作業は放射能汚染の拡大を防ぐのが目的で、廃炉作業ですらない。現実は、試行錯誤の連続だ。計画通りになんていかない。計画と現場の矛盾が当たり前の現場でありながら、この2年間も東電はこれまで通り「作業計画を立て、その通りに作業が進んでいるかを確認し、報告する」仕事をしてきた。法令に従って認可を得ている時間がないから「仮設」で済ませてきた。入札の原則で業者を選定してきた。

福島第一原発の作業を、これまでの体制で行うのは無理がある。
もっと現実に対応できる形にして欲しい。政治的な介入が必要だ。
福島第一原発を東電から切り離し、現行法とは違う法体系で管理することも必要かもしれない。
何よりも、現場の作業員の一律雇用を実現して欲しい。今のような下請けの多重構造では正当な報酬は得られないし、健康管理も行われないし、保障もないに等しい。
プレハブのような仮設のタコ部屋生活や、車での長時間通勤も改善して欲しいし、被曝対策になるような健全な食事や体力を回復できる休暇や娯楽も必要だ。

吉川さんは、福島第一原発で働く人のための支援を求めて、講演活動をしている。
5月18日には東京八王子のイベントに元東芝設計者 後藤政志さんと一緒に参加するそうだ。
ぜひ直接、話を聞いてもらいたい。
吉川さんのブログはこちら

吉川彰浩さん講演会
6月1日(土)9:30会場 10:00開始
茨城県水戸市県民文化センター分館 集会室8号
主催:水戸平和フォーラム
連絡先:029(221)6811

6月29日(土)15:00〜17:00
住所:新潟県中央区西堀前通8−894−1 西堀ローサ内7番町
場所:まちなかステージ よろっtoローサ
TEL:025−378−1137
メール:yorottorosal@vivid.ocn.ne.jp